Creative Studio REING代表。上智大学、ロンドンへの短期留学を経て広告代理店に入社。YOUNG SPIKES2016・日本代表選考にてBRONZE受賞時、「社会課題にこそ、クリエイティブの力が必要だ」と感じNEWPEACE Inc.に参画後、2019年「Creative Studio REING」を立ち上げる。
これまでには、性別問わず着用できるアンダーウエア、パートナーリングを開発・販売。オリジナルプロダクト以外にも、同じ想いを持った企業とチームになり、コミュニケーション設計やクリエイティブ制作なども行っている。また、ともに新たな「当たり前」を考え創造していくために、雑誌『IWAKAN』を創刊したり、ウェブメディアやコミュニティを運営するなど、さまざま「多様な『個』のあり方」を模索・発信しているチームだ。
一見、ジェンダーやセクシュアリティに焦点を当てているように見えるREINGだけど、彼らの活動や発信に触れていると、どうも本質はそこではないような気がしてくる。REINGが目指すのはこんな未来だ。
「生まれ持った属性やそのラベルイメージに囚われることなく、個人が『好き』という気持ちを軸に、自分らしい選択を紡ぐことができる未来」
属性やラベルにとらわれることなく、自分らしくあること……もちろんそれは、ジェンダーやセクシュアリティに限ることではない。あらゆる関係性や選択にあてはまることであり、例外なく私たち一人ひとりに差し出された問いである。
「あなたの『自分らしい』って、どんなことですか?」
そこで今回は、REINGの代表である大谷明日香さんに「自分らしさ」についてお話をうかがった。「多様な『個』」の最小単位である「自分らしさ」とは、一体どういうものなのか。そしてそれを手に入れるにはどうしたらいいのだろう?
自分自身に「ラベル」を貼っていたことに気づいた
性別、年齢、人種……私たちは一人ひとり、変えることができない属性を持っている。
その属性に対する社会的イメージのことを、大谷さんは「ラベル」と呼ぶ。たとえば「男は仕事に打ち込むべき、女は家を守るべき」とか「この年齢までには結婚して出産すべき」とか。そういうのにとらわれずに、自分らしく生きていける世界を目指したいね、というのが、REINGのメッセージなのだそうだ。
「現状、世の中の広告・商品のあり方が、ジェンダーの規範を強めてしまっているのではないか?と疑問に思うことがありました。『カップル』と言えば異性同士のカップル、『経営者』と言えば男性、というように、まだまだ固定化されたジェンダーバイアスが世の中に存在していて、その社会的イメージが人の生き方を規定することってとても多い。私たちはそんな社会的風潮に向き合いながら、作り手の視点からアップデートすることで、市場にないものを作っていきたいなと思っています」
そう話す大谷さんだが、あらゆるラベルの中でも「ジェンダー」にフォーカスしたのはなぜだったのだろう?
「私含め、 REINGのメンバーの中に、ジェンダーのラベルで悩んだ経験がある人が多かったんです。社会の中で『自分らしく生きる』というときに、向き合わざるを得なかったイシューだったんですよね」
大谷さんは、九州で生まれ育った。そこでよく言われたのが「女の子だから / なのに」という言葉だったのだという。子供の頃から弟は許されるのに自分は許されないことが多くあり、東京の大学へ進学するときには「女の子なのにどうして?」「どうせすぐ戻ってくるんでしょう?」と言われ、地元を出るまでモヤモヤを抱え続けていた。
上京してからは一転、食堂で男の子が自分の食器を下げてくれたとき、「男の子なのにこんなことをやってくれるんだ」と驚いたのだという。実家では、男は家事をしないのが当たり前。そういうことは女がやるものなんだと、大谷さん自身の中にも無意識に根付いているバイアスがあることに気がついた。
「REINGが大事にしている『関係性』って『自分との関係性』なんですけど、ラベルって人に貼ることもあれば、自分自身に貼ってしまうこともあるんですよね。私自身、そのときまで自分にラベルを貼っていたことに気づかなかったんです」
なんでこんなに「女の子であること、で色々なことを判断されるのだろう」と思うんだろう……その頃から、徐々に自分の違和感の原因が何なのかわかっていったという。
全部のラベルを剥がしたらどうなるんだろう?
大谷さんが抱いていた違和感は、私自身にも身に覚えがある。それなのに、どこかジェンダーの問題は自分ごとではない気がしていた。なぜなら自分は「LGBTQ」ではないからだと。その時点で、「セクシュアルマイノリティ」というラベルを誰かに貼り付け、「セクシュアルマジョリティ」というラベルを自分に貼り付けていたのだと気づく。そう打ち明けると、大谷さんはこんなことを話してくれた。
「REINGの活動は、ローンチした直後は『セクシャルマイノリティの方のための』という文脈で切り取られることが多かったんですけど、私たちは実は『LGBTQ向けの商品を作っている』なんて一切言っていないんですよ。自分たちから率先して、ハッシュタグにすることもない。でも、イメージだけでそういうふうに判断されてしまうことがあります。
でも私たちが言いたいのは、たとえば人を好きになるプロセスひとつとっても人それぞれだよね、ということなんです。異性が好きな人もいれば、同性が好きな人もいて、両方好きになる人だっている。一目惚れする人もいれば、友達からしか好きになれない人、恋をしない人だっていて……。何かのラベルを持っていたとしても、その中にある過程やあり方、考え方って全然違うんです。人って本当に複雑で、ラベルひとつで説明できるものではないんですよね」
ひとつの言葉に集約されることで、わかりやすくなる部分もあれば、わかりにくくなる部分もある。そのわかりにい部分が伝わらず、社会に届くときにイメージだけが先行してしまう。
「だからラベルを持っていても、そのイメージにとらわれないように生きるのが大事だなって思っています。社会とつながるときに、『自分はこうありたい』という願いをまっすぐに体現できるように」
私はそれを聞きながら、これまで自分が自分に貼ってきた「ヘテロセクシュアル」「セクシュアルマジョリティ」というラベルについて考えた。もしかしたらこれまでに、そういった無意識に自分に貼ったラベルからこぼれ落ちた「自分らしさ」があったんじゃないだろうか? そう話すと、大谷さんはこんなふうに続けた。
「私たちがやっていることって『全部のラベルを剥がしたらどうなるんだろう?』という試行錯誤なんです。結果的にそれが伝わることもあれば、また違うラベルを貼られることもあって、それがすごく興味深いなって。わかりやすい言葉を使わずにどれくらい伝わるか……丁寧に、地道に、社会と自分に対しての実験を重ねています」
もともとは、「普通」になりたかった
ラベルにとらわれない「自分らしさ」を取り戻す……大谷さんの言葉からは、そんなメッセージを感じた。では、大谷さんにとって「自分らしさ」を発見する作業とは、どういったものなのだろうか?
すると、「私もそれは苦手な方なんです」と意外な答えが返ってきた。
「もともと私は、『普通』になりたかったんですよね」
小学生のとき、大谷さんは洋服が大好きだったと言う。ジーパンやTシャツを切って、いろんな服を作っていた。でもそれを着て出ていくと、みんなに「おかしい」と言われる。だから自分で作っても、どうしてもそれで外には行けなかった。
「ありたい姿と見られる姿の、ギャップが大きかったんです。学校の友達グループにも馴染めなくて、『普通になれば、あっち側にいけるのかな』と思っていました。そこがわたしの境界線だったんですね」
大谷さんは、自分の好きなものよりも、社会における「普通」なものを選ぶようになっていった。女の子らしいもの、笑われたり否定されたりしないもの……だけどそうするうちに、自分が何を好きなのかわからなくなっていったと言う。
そんな中、大学でゴスペルサークルに入った時から大谷さんに変化が生まれていった。
「100人くらいのサークルだったんですけど、みんなそれぞれ個性的で、生まれ育ったルーツやバックグラウンド、考え方、モチベーション……本当にいろいろだったんですよね。歌がめちゃくちゃ上手な人から、リズムをとるのが苦手な人までいたんですけど、でも絶対にその人たちを置いてけぼりにしなかったんです。それは変だよって誰もジャッジしないし、嘲笑もない。そういうのもひとつの個性として、ポジティブに受け入れられていたんですね」
同じ空間でお互いの個性を受容しながら、ただ「歌が好き」「こういうノリやグルーブが好き」という感覚だけで繋がる。男性も女性も、上下関係も階級もない。そんな境界線がない世界に身を置くことで、大谷さんはありのままの自分を受容してもらう感覚を初めて知った。それは「芯からくる安心感」だったと言う。
「それから、自分はどんな髪型やファッションが好きでどんなものが好きなのか、何かを選ぶときにちゃんと考えるようになりました。そうなるまでに時間がかかったけれど、今はREINGでもそんな『自分らしさ』を受容できる空間を作りたいなと思っています」
違和感は「自分らしさ」を知るきっかけ
REINGの活動の中で、「自分らしさ」に対する意識の変化は起こりましたか?
そう尋ねると、彼女はこんなふうに答えた。
「自分にかかっているバイアスに気づく瞬間が増えましたね。『どうして私は、これを選べないと思っているんだろう?』と自分に問いかけるようになりました」
それを聞いてふと、REINGが創刊した『IWAKAN』のことが頭に浮かんだ。『IWAKAN』のコンセプトは「世の中の当たり前に“違和感”を問いかける」だ。
「違和感」の大半は、モヤモヤであったりイライラであったりネガティブなものだ。だからこそ、ごまかしたりスルーしてしまいたくなる。だけど、REINGはあえてそれを受け止め、問いかけに変えていこうとする。そんなプロセスが、大谷さん自身の中でも多く起こるようになったということだろうか。
「自分の中のモヤモヤって、自分らしさを考えるためのきっかけになるはずなんです。なんで気持ち悪いんだろう、なんで合わないんだろう……でも、そんな自分の気持ちと向き合うのってなかなかできないから、違和感をないがしろにしてしまいがちなんですよね。『まあ普通はそうじゃん』とか『しょうがないじゃん』っておさめようとしてしまう。だけど、そんなふうに自分の違和感を『大したことない』ってジャッジしないことが大事だと思うんです」
嬉しいこと、楽しいことが人それぞれちがうように、違和感だって人それぞれ。それを無視せずにキャッチして、「自分はどうして違和感を持つんだろう?」と考えることで「自分らしさ」を知っていく。そのコールアンドレスポンスが、「自分との関係性」に必要なことなのかもしれない。
「でも難しいですよね、自分と向き合うって。私、今のパートナーに言われて衝撃的だったのが、『本当に、今面白いって思ってる?』って言葉だったんですよ。それを聞いて、本当にそうだなぁって思って。昔は『普通』になりたかったから、いいと思っていないのに『かわいい』とか『いいね』とか言ってまわりに合わせて。社会に出たときには、若いし女だしバカにされないようにって勝手に思い込んで、うまくコミュニケーションがとれるようにがんばって。いつも相手から見た自分のことばかり考えて、鎧をかぶっていたんですよね。それって悪いことじゃないんだけど、そうするうちに自分の感情や思いよりも、まわりに合わせて反応する癖がついてしまった。だからおもしろくないところで笑ってしまっていたんです」
大谷さんはパートナーにそう言われて以来、おもしろくないところでは笑わないようにしてみたと言う。すると「めちゃくちゃ楽になったし、自分の言葉で話せるようになりました」と言って、清々しく笑った。
「私は、年を重ねた今のほうが、より自分に戻っていっていると思います。自分のあり方を自分で選べるようになったから、今の方が自由。その自由を行使できるように、自分と向き合っていかないといけないなって思いますね」
自分が自分に貼っているラベル。年を重ねるごとにそれらは増えていき、本当の自分は見えなくなっていく。だけど大谷さんは「ラベルは剥ぎ取ることができる」と言う。その行為に寄り添い、剥ぎ取ったのちに現れる「自分らしさ」を祝福するのがREINGなのだと。
ラベルをひとつひとつ剥いでいったら、一体どんな私が現れるのだろう。裸になることは、こわいことかもしれない。だけどきっと、ものすごく楽だし気持ちがいい。なぜなら「自分らしさ」と「自由」は、きっとイコールなのだから。
「インクルーシブデザイン」という言葉が普及していく中で、時にその言葉が形骸化していないか疑問を抱くことがあります。「その中心には当事者がいる」という、シンプルで最も重要な考えに基づいた取り組みをされていて大変感銘を受けました。