ISSUE 01 / 2021

未来を切り開く研究テーマは現実に疑問をもつことに始まる

松本 敏治(公認心理師・特別支援教育士スーパーバイザー・臨床発達心理士)
EPISODE 02
目の前の誰かとの間に横たわる線

公認心理師、臨床発達心理士である松本敏治さん。同じく心理士である彼の妻が口にした「自閉症の子どもって津軽弁喋んねっきゃ(話さない)」という一言から、夫婦で意見が対立。そこが発端となり彼が始めた10余年に及ぶ研究成果をまとめた著書が、『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』(2017年)と、その続編『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ コミュニケーションを育む情報の獲得・共有のメカニズム』(2020年)である。あらゆる領域にクロスオーバーしながら研究に取り組む彼の、好奇心の源泉と、前例のなき追求の先にある未来の切り開き方について話を伺った。

文:黒田 隆太朗/イラスト:マエダ ユウキ
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公認心理師、臨床発達心理士である松本敏治さん。同じく心理士である彼の妻が口にした「自閉症の子どもって津軽弁喋んねっきゃ(話さない)」という一言から、夫婦で意見が対立。そこが発端となり彼が始めた10余年に及ぶ研究成果をまとめた著書が、『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』(2017年)と、その続編『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ コミュニケーションを育む情報の獲得・共有のメカニズム』(2020年)である。あらゆる領域にクロスオーバーしながら研究に取り組む彼の、好奇心の源泉と、前例のなき追求の先にある未来の切り開き方について話を伺った。

文:黒田 隆太朗/イラスト:マエダ ユウキ
松本 敏治

1957年生まれ。1987年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。1999年博士号取得(教育学)。1987~1989年稚内北星学園短期大学講師。1989~1991年同助教授。1991~2000年室蘭工業大学助教授。2000~2003年弘前大学助教授。2003~2016年9月同教授。2011~2014年同教育学部附属特別支援学校長。2014~2016年9月同教育学部附属特別支援教育センター長。2016年10月~教育心理支援教室・研究所『ガジュマルつがる』代表。

肩書きや社会的立場ではなく、その人自身と向き合う

好奇心と冒険心。松本さんの研究の根底にあるのは、「目の前に転がっている不思議に飛び込まずにはいられない!」というような、純粋な動機だ。そして同時に、人を正しく理解しようという、誠実な姿勢があるように思う。彼は少し照れるように、「私は子どもの対応をするのが好きで、大人があんまり得意じゃないんです」と話す。今回のインタビューの中で印象的だった言葉のひとつだ。

その理由を聞くと次のように答えた。「私が大学の先生をやっていた頃、仕事の依頼が来たとしても、それは私が『大学の先生』だから来るんです。だけど、子どもにはそんなこと(肩書き)は関係ない。このおっちゃんが楽しいかどうか、それだけなんですよ。つまり松本敏治そのものを見てくれるんです」。肩書きや社会的立場ではなく、その人自身と向き合うこと。きっとそれは、彼自身が人と接する時に心掛けていることでもあるのだろう。

「本当に自閉症児者は方言を話さないのか」、「話さないとしたら、それはどういった理由からなのか」という疑問に、方言の社会的機能や自閉症児者の言語習得、自閉症児者のコミュニケーションの特異性など、さまざまな観点から迫っていく彼の研究。「まさか初めは本を出すまで調べるとは思わなかった」と語っているように、初めは夫婦喧嘩に決着をつけるためのエビデンス探しの研究だったはずが、謎が謎を呼んで、次なる課題へとどんどん繋がっていく。次第にそれまでの研究領域から飛び出し、未開拓のテーマに移りながら現在まで続いてきた。「人生はどう転ぶかわからないから面白い」とワクワクしているようにも見える。

従来の「役に立つ」の外側から新たに意義を追及する

「私は妻の臨床家としての力量をかなり買っているんですよ。子どもと遊ぶ時の対応も上手いし、心理検査のレポートを見ても、こんなにわかりやすいものは見たことがないというくらい、彼女の見立てを評価している。周りの人からの信頼も得ているので、そんな人が証拠もないままにこういうことを言うのは危険かもよ?って思ったんです」

そうして彼は、自閉症と方言の関係に迫るべく「先の見えない研究」に乗り出した。最初に「何かあるかも」と思ったのは、パイロット的に行った自閉症児の方言使用調査の時だったそう。その時「研究者としての勘」が働いたということだろうか?

「いえ、私は勘は働きません。自分の頭の中に、『勘』と呼べるものがあるのかどうかもわからない。それよりも、妻が僕を評してこう言うんです。『あなたは知らないということをはっきり言うよね』って。私はあるデータが出ると、知らないことを教えてもらうためにいろんな人に喋りにいくんです。いろんな人を頼って、『このデータについてどう思う?』と。そういう僕を『腰が軽い』と言うんですよね(笑)」

そんな現場の声に積極的にリーチしていく「腰の軽さ」こそ、この研究を発展させてきた要因だろう。彼が書いた二つの著書には、各分野の専門家や現場で活動するさまざまな人が登場する。自閉症児やその家族へのアンケートやインタビューも含め、彼は抱いた疑問をどんどんシェアして、そこから生まれたコミュニケーションを楽しんでいるようにも思う。

「私は自分の頭を自分のものだと思っていないところがあって、知識はネットワークのようなものなんです。だから自分の中だけで考えるのではなく、会話をする相手がいて、その人にぶつけたものが私に返ってくる。そして相手がまた別の人にぶつけて返ってきて……というように、集団のネットワークとしてみなさんの頭も借りながら、私の知識体系の中で進めていくんです」。まるで僕らがGoogleでモノを検索するように人を頼る。だからこそ、生きた知恵が積み重なっていく。

「私は『わかり方』に凄くこだわるんです。例えば、大学教員時代は、学生に『自分のわかり方がわかったら卒業です』といつも言っていました。どんなアプローチでもいいから、『これならわかった!』と思える仕方を考えるのが大切。私は自分なりに納得するために研究をして、その成果をみんなに見てもらっているんです」

自閉症と言語習得の関係性についての研究も、いわば自分なりの「わかり方」を追求していただけなのだ。でもこの分野には先行研究もなかった。人のいない道を歩むのは簡単ではなかっただろう。実際、著書の中でも、ある研究者から「これ(この研究)が役に立つんですか?」と聞かれたことがあると告白している。これについて彼は、「私はこの研究をやっている10年間を、『暗黒の10年』って呼んでいます(笑)」と冗談っぽく言った。

「周りの人は自分の研究論文がどんなことに役立つか、どういう開発に役立つかを書けるんです。でも、私の論文はこういう話があって、調べてみたらこういうデータが出て、もしかしたら自閉症の人たちの言語習得と関わっているかもね……としか書けないんですよ」。つまりアカデミックな世界ではほとんど評価されないということ。「優れた研究業績として評価される指標の一つに『インパクトファクター』というものがあります。その論文がどれだけ引用されたかの指標で、アカデミズムとして優れたものの判断に使われたりします。だから研究としてインパクトがあるものと認められるには、フォロワーがいないと成立しません。でも、私の研究はみんなが様子見をしているのかなかなかフォロワーが出て来なかったんですよね。ようやく出てきたのが2018年頃でした」

現実に疑問をもつことが未来を切り開く

では、そうした分野に好奇心を持ち続けられたのは何故だろう。

「研究の中にもトレンドがありますが、そこには競争相手がいっぱいるし、その中には資金や人的資源に恵まれた研究機関や、大手の大学もあるわけです。だから優秀な人材もたくさん入ってくるので、その研究は私じゃなくてもいいと思います。一方で私にしか『できない』研究もほとんどないだろうけど、私しか『食いつかない』研究はあるかもな、と思うんです」

ここから伺えたのは世間体や相対的な価値ではない。自身にとってどれだけ有意義なものなのかという、絶対的な価値だ。少し大袈裟な解釈かもしれないが、彼は自分らしい生き方を実践しているんだと思う。「評価されにくく、研究意義が認知されにくい。でも、いいんです。踏み荒らされていない野原を歩いているようなもので、私が道を作っていく感覚がある。そこでは他人の理論枠に邪魔されずに、自分の理論枠で考えられる」。誰も踏んでいない土地だからこそ、そこで得られる発見は全てが新鮮なものになる。彼はまだその茨の道を歩いているのだ。

最後にこれから取り組みたい研究についても聞いてみた。ひとつは『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ コミュニケーションを育む情報の獲得・共有のメカニズム』に出てきた、「英語しか喋らない自閉症児」のこと。「共同研究をしている国際教養大学の橋本洋輔先生が、ネットを通じて彼に日本語教育をしているんです。そうしたら少しずつ話すようになってきた。だからこれからは、なぜ日本語を話すようになったのか、そこではどういう指導をしたのか、それがテーマになってきますね」

もうひとつ彼が着目しているのはアイスランドの事例。「どうやらアイスランドでも、自閉症の子が母語よりも英語を話すという話があるようです。アイスランドは人口が36万人ほどの国で、アイスランドのテレビ局もほんの少ししかない。幼児向けの番組はアイスランド語ですが、メディアからの情報はYouTubeや近くの国にある放送局から入ってくるものが多くて、外国のアニメやドラマは英語で放送して、アイスランド語の字幕をつけるらしいんです。吹き替えをいうのはあまりない」

つまり、アイスランドという土地柄や背景が、津軽と重なる部分があると彼は見ている。「アイスランドではメディアからの情報では英語が山ほど入ってくる。でも、アイスランドの人たち同士は、アイスランド語で喋っている。メディアの英語が子どもたちの言語習得や使用に大きな影響を及ぼしているという話もあります。津軽の場合だと周囲の人が話す津軽弁(方語)とメディアの共通語ということだったけど、外国圏の中には母国語と英語の間にこれに似た関係が見られる国もありそうです」

こうして彼の関心は現在海外の事例にまで及んでおり、すでに著書の中でもドミニカの事例に触れている頁がある。最初はちょっとした興味(あるいは意地)から始まった研究が、津軽というローカルな場所を飛び出し、海を越えグローバルな研究になろうとしている。最初は理解のされなかった研究が、いつしか新聞記事やYahoo!ニュースのトップで掲載されるようになり、いつの間にか比較論が成り立つ分野になってきているのだ。またことば遣いは相手との関係性や心理的距離を形成する上で大きく影響を及ぼす。だから彼の研究の浸透やフォロワーの登場は自閉症の人たちの実態を理解し、円滑なコミュニケーションや関係づくりにおいて社会的理解を得ることにも今後直結していくだろう。

さて、文庫版ではあとがきにこんなことが書いてある。「未来を切り開く研究テーマはリアルな現実に疑問をもつことに始まるという考えもあるかもしれない」。先入観や常識に囚われずに、物事を自身の中で吟味すること。そして、身の回りにある不思議を見逃さないこと。彼の研究には人生を楽しむヒントがいくつもあると思う。

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何年か前に菅原さんとお話ししたが、その時に見せてもらった”岡じい”の役者魂と表情が忘れられません。見ているこちらも満たされた気持ちになってくるから不思議。

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印象的だったのが「働くパートナーにとっても来店客にとっても、新たな気づきをもたらす場所」という言葉。カタチを整えるのではなく、共にコミュニケーションを重ねながら幸せの形を作っていくのが福祉なのではと感じさせられました。

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“多様性” という一言では語れない・括れないのが多様性。森田さんの「具体的な個々の事実を積み上げる」という姿勢とその実践から、多様性に本気で向き合う勇気をもらった。

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病院の中に〇〇室、ではない場所があるのいいですね。特定の誰かのためでないことは、誰に対してもオープンであるということ。神戸のアイセンター、いつか遊びに行きたい。

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本来スポーツは強い弱いではなく、笑顔になり、団結して一つの目標を目指し、個性や自分らしさを認め合えるもの。私自身も支援学校でスポーツの楽しさを知りました。ゆるスポーツが当たり前の風景になりますように。

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「利用者の心のレベルに合せて居たい場所を自然に選べるようになっている」という一文がとても印象的でした。これから建築における空間の捉え方、見え方が変わりそうです。

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自分の身体に正直な方法を探ってきた森田さんのパフォーマンスは、多くの人々に表現の扉を開かせ、自分自身と向き合う場を生み出すのだろう。表現の可能性にドキドキした。

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「限界はない」という言葉をここまで実践している人はいないのではないか、と感じる。テクノロジーによって生き方が拡張していく姿は可能性に溢れている。

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篠田 栞 ライター・劇作家

津軽弁と自閉症というユニークなご研究テーマに興味惹かれました。「障害」「ダイバシティ」と一括りにするのではない、"目の前のリアルな現実"を見つめることに未来を切り拓いていくヒントがあるという点に深く共感しました。

時間をかけて手に入れた自分の説明書が、 自分の生き方をカタチ作る
津久井 珠美 フォトグラファー

単純に、相羽さんの自然体の生き方、ことば、音楽から、元気とHappyをもらいました!!

未来を切り開く研究テーマは現実に疑問をもつことに始まる
大谷 明日香 Creative Studio REING代表

「インクルーシブデザイン」という言葉が普及していく中で、時にその言葉が形骸化していないか疑問を抱くことがあります。「その中心には当事者がいる」という、シンプルで最も重要な考えに基づいた取り組みをされていて大変感銘を受けました。

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土門 蘭 文筆家

「自分の身体が正直に動く方法を探ること」を大事にされてきたという森田さん。美の基準は社会側にあるのではなく個人側にあるのだと、大切な気づきをいただきました。

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堤 大樹 Eat, Play, Sleep inc. クリエイティブディレクター

「自分の心身の感覚が鈍ること」が恐ろしいと感じていたし、そういったことを無意識に遠ざけていたけど、少し老いが身近なものになりました。

答えをくれたのはこどもたち。《おやこ保育園》から溶けはじめる家族の線、社会の線
峯 大貴 ANTENNA副編集長・ライター

保育や教育の世界にもその人らしさや自由さを持ち込もうとする気概に胸を打たれる。また助け合い文化が残る長田に移住されたことに代表される、過去に恩恵を受けつつ、今に活かしていく生き方が美しいと思いました。

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重松 佑 Shhh inc. クリエイティブディレクター

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「ゆるめる」というマイノリティだからこそ生み出せる価値
宇都宮 勝晃 Shhh inc. デザイナー

自分を責めず、隅へと押し込めず、自分にとっての生きやすさをひらくための「ゆるめる」。こんなやり方があったんですね。読み進めながら肩の力がほどけていく自分がいました。

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「ゆるめる」というマイノリティだからこそ生み出せる価値
今津 新之助 SOCIAL WORKERS LAB ディレクター

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多様な「個」の受け入れというと、他者との関係性を思い浮かべるが、「自分との関係性」に焦点を当てられ、興味深かった。福祉であるかないかも自分で無意識に「ラベル」をつけているなぁと思いました。

「居てもいい場所」 をデザインする。 にじんだ線で描かれるこれからの建築
大澤 健 SOCIAL WORKERS LAB 学生インターン

「線」を見つめ直し、描き直すことによって世の中はよりよいものにできると信ずる者として、人を介在させることで線をにじませようという建築家の挑戦に心を打たれた。